誕生日の高揚は、翌日になっても、小さな王子朗の胸を時めかせていた。 贅沢にスケッチブックに描き散らし、フィレンツェの紙職人を気取って、彩の乱舞を楽しむ。 ふと、奇妙な感覚が、王子朗の意識に滲みを落とした。 澱んだ沼の水が、一瞬、光に透けて澄む刹那に似て、意識の底から、誰かが何かを訴える声なき声を聴いた気がした。 自動書記のように、王子朗の指は、ある形を繰り返す。 深い碧の同心円、渕の灰、交差して囲む ・・・・これは、何の符号だろう? 答えは、なかった。 遠くで泣いている子供のような声は、耳を澄まそうとすると、何処ともなく消えてしまい、王子朗自身が、取り残された子供のような心細さに襲われた。 ・・・を呼ぼうとした、いつものように・・・誰を? 何かが その深い淵を覗く怖さに、王子朗は、感覚を放棄した。 色鉛筆を丁寧に匣に仕舞い込む、その順番通りに虹色を並べる事に没頭して、感覚を忘れようとした。 匣は、祖父から贈られた、子供には似つかわしくない重厚な机の 匣の存在すらも、12の春、寄宿学校に上がる、その荷物を整理するまで、思い出す事はなかった。 あの奇妙な感覚は、時を経て、今、薄い まるで、生まれる前から、共生していたかのように、彼の1部であるかのように。 意を決して、王子朗は、寄宿舎の机の奥に忍ばせていた匣を取り出し、記憶を頼りに色鉛筆で図形の再現を試みた。 今の王子朗の熟練が、当時は曖昧にしか描けなかった細部を表現する。 ・・・これは・・・何なのだろう。 「それ、グラスアイ?」 朗らかな声が降ってきた。 顔をあげると、同室の肖綺の紫がかった灰色の瞳が見つめていた。 継いで、自身の描いた図形に目を落とす、たった今見た、肖綺の虹彩にも似ていた。 ・・・グラスアイ? Copyright (c) 2008-2011 Tenshibako All rights reserved. |
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