RE-BIRTHの章



水面に浮かび上がるように、意識が戻ってきた。

紫に煙る灰色の瞳が、見つめていた。

「急に倒れるから…」

だから心配したとも、大丈夫かとも続けないのが、肖綺らしい。

少し痛む背が、王子朗に、固い椅子を並べた上に寝かせられている現実を伝える。

天井の黄色味を帯びた電灯が、揺れている、人々のざわめきが遠くなり近くなり、夢に酔ったように、直ぐには身を起こせない。

夢…そう、夢だ、現実ではない。

元より兄は居ない、闇の遣い魔なぞ物語の世界の住人だ。

だが、いつもの喪失感が、輪郭をピタリと合わせて欠片を嵌め込まれたように、消えている。

肘をついて半身を起こすと、傍の椅子の上に、匣が置かれているのが見えた。

中に、王子朗を強く引き付けたあの人形が、今しがたまでの王子朗と同じ姿勢で横たわっていた。

瞳が斜めに自分を追った。

碧灰の螺旋に囲まれた、夢で見た少年の瞳だ。

心臓が掴まれるような不安が、王子朗の心臓に這いあがってきた。

視界が、緩やかに波打ってくる。

「一応、手付打っといたから」

もう少し寝てろと、肖綺が肩を押しながら伝えた。

「手付?」

固い椅子に頭を戻し、人形の瞳が視野から消えると、気持ちが少し落ち着いて、友人の言葉を問い質す余裕が出来た。

「あの人形、欲しそうだったからさ、他の奴に買われないように…って思って」

肖綺の返答に、王子朗の目が見開かれる。

ドールイベントに来た目的は、肖綺が新しいフィギュアを買う為ではなかったか、それを、友人の為に使ってしまったというのか。

『…いい子だよ』夢で聞いた、凛とした声が、リアルに胸の奥で木霊する。

「人形は一期一会だからさ、そん時手に入れないと、二度と手に入んなくなるし」

「…だって…それは、肖綺のフィギュアだって同じじゃない…」

「俺よか、お前が、欲しそうだったから…いいんだ」

欲しいという言葉が繰り返されたが、王子朗は、自分が人形を手に入れたがっているのか、そのように肖綺には見えたのかと、戸惑う。

所有したいという感覚とはズレていた、ただ、怖い程に惹かれていた。

あれを置いて帰る選択肢は、確かに無かった、何故なら、生まれる以前から、一緒にいたのだから。

当たり前のように、そう理由付けてから、自分のその思考に混乱する。

「あれは夢だ」



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