「夢?」

肖綺が怪訝そうに鸚鵡返す。

王子朗は、片手で目を覆って頷く。

「夢を…見たんだ、凄いリアルで…怖い…」

恐ろしい夢でありながら、少年の崇高な迄の自己犠牲故に、甘美でもあった。

「夢は、未来の記憶って言うし」

凡そ現実的でない言葉が、肖綺の片方だけ上げて笑う薄い唇から、冗談とも宣告とも取れる響きで零れた。





その夜、目が醒えて、幾度も寝返りを打っていた王子朗だった。

2時を回った辺りで、隣のベッドで寝息を立てている肖綺を気遣いながら起き上がり、机上で小さく灯るエルミタージュのランプを頼りに、桜材の本棚に歩み寄った。

爪先立って、天板に乗せた白い匣を引き寄せ降ろす。

蓋を開けると、少年人形が柔らかな眼差しで、王子朗を見返した。

仄暗い部屋が追視を弱めているせいか、寄宿舎に戻ってから、肖綺が、器用にグラスアイやウイッグの調整をして服を着せてくれたせいか、裸体で晒されていた昼間と違って、異形な雰囲気が消えている。

夢の中の少年に眼差しに、より近づいた感がある。

いつも見守ってくれたあの美しく澄んだ、しかし何かに堪えている深い碧灰。

全ては夢だ、現実ではない。

そうとわかっていても、眩惑の波に掠われそうになる。

そして、今、誰にも見られていないという安心と、深夜という魔が刻が、理性を緩く解く。

捧げるように、目線を合わせて人形を抱く。

仄かに微笑んだように見えたは、光の加減か、自身の気分の反映か。

微笑みが、理性の箍を外した。

「煌…」

夢で知った名を小さく呟く。

響きが、王子朗の胸に、赤い雫を落としたように染み、切ない愛しさが、螺旋の波動を描いた。

あれは夢ではない…。

あの微笑み、眼差し、握ってくれた手の暖かさ、抱きしめる鼓動…呼び掛ける声…夢である筈はない、夢であってはならない。

感情の疇が、抑えようもなく、胸に沸き上がり、溢れ零れた。

夢の中で、否、甞てそうしたように、愛しい存在を抱きしめて、名を呼ぶ。


「煌…兄様!」


胸に抱く人形の奥深くで、硝子が砕け散る音がした。





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