石瑛

T

結晶になり損なった
君のその切ない感じが
好きなんだ
満天の星よりも輝く





香炉から立ち昇る甘い幻惑が、部屋を満たしている。 


行為は、既に幾度となく重ねられていた。

内壁は、柔らかく僕を受け入れて、百合の蕾は、僕の手の中で震えながら官能しているのに、
「痛い、止めて。」
と懇願した初めての時と変わらず、石瑛は、眉を寄せ苦悶の表情を浮かべて、リネンの海で喘ぐ。

奥底で僕を拒絶しているのだ。

従順なのは、抵抗が無駄な事と悟り、ただ早く行為を終わらせたいが為の、娼婦の擬態だ。

僕の父を恨みながらも、その庇護に頼るしか選択肢がない彼の、惨めな処世術と変わらない。

そして、その根は、僕の父に生涯囲われた、哀れな石瑛の母親へと、意識域下で堅固に結びついている。

父を軽蔑しながら、同じように石瑛を貶めている僕もまた、その呪縛から逃れられない。

中断し、百合から離した手を、微かに反り返る身体の下に差し入れ、二つの柔らかな水蜜桃に添えると、固く閉じられた瞼が、不審に薄く開いた。

菫色の宝石が僕を伺う。

水蜜桃を掴み上げて背にアーチを作り、シャム双子の結合をその瞳に見せつけながら、内側から蕾の根を突き上げた。

衝撃が痙攣へと変わり、石瑛から矯声が零れた。

更に突く。内壁が官能に震えながら僕自身を締め上げる。

恥じる石瑛が手の甲で声を封じるが、痙攣は止まらず、下腹が別の生き物のように僕に応えた。




石瑛とは乳兄弟だ。

母が亡くなった三才の時に、乳母と共に屋敷を去り、以来、会ったことはなかった。

夏の終わり、父から、石瑛が寄宿学校で一緒に暮らす事になると告げられた。

欠かす事のなかった面会日の不在を、乳母が病床から天に召されるまでを看取った為と知ったが、感染を怖れて遠ざけておいた石瑛を迎えにいくと続けられ、石瑛も母の死に目に遭えなかったのかと、不憫に思えた。

僕の母親の時もそうだった。

産後の肥立ちが悪く、寝たり起きたりの果て、亡くなった後、埋葬が終わった事を、随分遅くなってから、打ち明けられたのだ。

優しくしてあげよう…そんな柄にもない思いが、自然に沸いた。



石瑛は、秋の霧雨と一緒にやって来た。

馬車から降りて正面玄関に回るまでに、すっかり濡り、蜜髪の色が沈み、雫が睫にも宿っていた。

型の古いオーバーは、丈が合っていない。

目を伏せたまま、足許ばかりを気にするので、視線を追うと、今にも壊れそうな古靴が、絨毯に染みを付けるのではないかと案じている風だった。

貧困が臭い立つような佇まいでありながら、聖画の天使のような潔癖さが、その不均衡が、何故か僕を強く惹きつけた。

傍らの父に、服と靴の新調を訴えると、父は困ったように、それは手配したのだが…と言葉を濁す。

石瑛が、俯いたまま辞退を繰り返した。

「学校に行かせていただけるだけで、十分です。」

変声期前のやや掠れた声は、記憶にある石瑛の鈴のような笑い声とは別物だった。

年齢が、無邪気だった石瑛に分別を与えているらしかった、無用な分別だ。

「服はいるよ、制服以外にもきちんと誂えなくては。君はここの生徒である前に、僕の弟なのだから。」

言葉に、石瑛が顔を上げて、初めて僕を見た。

懐かしい菫色の視線は、記憶の石瑛よりは、乳母に似ていた。

更なる辞退を封じる為に、部屋に案内するからと、強引に手を引いた。


午後の二人きりの茶会の最中、石瑛は倒れた。

吐瀉物には、たった今口にした菓子以外、何も混じっていなかった。

必死に堪えながらも、滲んでくる涙を見ていると、彼が抱えてきた重荷が伺えた。

彼は、僕が何も知らないと思っているのだろう。

知らない振りをするのは、難しくない。

お互い、その方が都合がいい。

彼は僕の父を赦さないだろうし、それでいながら跪くしかない現状は、彼にとって、決して愉快なものではない。

寝台の傍に寄り添う僕の笑みを信じて、石瑛は、眠りに落ちていった。

見届けた後、その寝顔を眺めながら、僕は、意味の無い習慣の自慰に耽った。




   

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