dead 2 息を吐き、煌は「手を離してはくれないか?」と穏やかに命ずる。 聞き入れず言葉を継ごうとする王子朗を「離せ!」と叱る。 反射的に腕を解いて、一歩後退り、兄の端正な無表情を見上げる。 「家で僕や母に甘えるように、学校生活でも振る舞えると思うな。お前を特別扱いには出来ない、心得るとするなら、そこだ。」 「…僕は…そうじゃ…なくて…」 いつもは伏せがちの大きな瞳が、真っ直ぐに煌を見上げながら、潤んで来る。 「泣けば何でも許されると思うな、それが甘えだ、何故わからない?」 王子朗はびくりと身体を強張らせ息を飲む、睫毛の縁で涙が震えながら留まった。 煌は、瞳の際に宿る清らかな純粋を見下ろしながら、この弟が一人残されたら、母親の依存と祖父の重圧に対抗出来るだろうか…外部の人間は家庭教師と医師しか知らず、屋敷という牢獄に護られていたこの弟が、寄宿学校に一人投げ出されて、やっていけるのだろうか、不憫さと危惧に抱き寄せたくなる衝動に駆られた。 しかし、自身の甘さを捩伏せ、瞬時に巡らせた小等部の生徒の一人を特定し、その名前を告げた。 『肖綺…』 初めて聞く言葉に、王子朗が小首を傾げる。 『お前と同い年の生徒が…肖綺が、いい友人になるだろう』 押さえられない衝動を誤魔化し、細い肩に置く。 『友人を作り、世界を広げるんだよ、学校はそういう所だ』 微笑みを浮かべたのは計算だった。 その癖、王子朗の反応を見たくなく、視線を外し、そのまま自室の重厚な扉に歩み寄り、王子朗がそれ以上追って来ない事に、安心と微かな失望を覚えながら、自嘲と供に背後で扉を閉めた。 エルミタージュの工房で造られたランプが一つ、暗い部屋に灯っていた。 カァテンが昼間のままに開いていた。 硝子窓が、夜の藍に沈み、扉を背にした煌を映している。 既視感があった。 病院の廊下の窓だ…父は即死だった、弟は危篤で、軽傷の母は半狂乱で医師に鎮静剤を処方され、別室で眠っていて、煌一人が無傷で、気丈に祖父に連絡を取り、到着を待っていた…そして、あの冥い窓の許で契約を交わしたのだ。 時々、ふと、総てが夢ではなかったかと疑いたくなる、証が残っているわけでもない、記憶も煌が成長するに連れて曖昧になってきている。 ただ、感触が消えずにあった。 「約束だ」そう言って、手首を掴んで引き寄せて、唇を重ねた少年…姿はもう朧げだ。 ただ掴んだ指の冷たい痛さ、唇の湿った柔らかさが、拭えない。 煌は、忌まわしい感触を振り払うように頭を振って、カァテンを閉めようと手を伸ばした。 その手を、窓硝子から同じように手を伸ばしてきた影が、掴んだ。 瞬間、契約は現実だったのだと、煌は驚きはせず、静かに絶望した。 『約束通り、迎えに来たぜ』 闇色に明度を落とした煌自身が部屋へと抜けだして来て、口の端だけを上げて微笑みながら、執行を告げた。 Copyright (c) 2008-2011 Tenshibako All rights reserved. |
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