alive 1


その時、扉が小さくノックされた。

『兄様、煌兄様、お話があります』

か細い弟の声が、必死さを込めて呼びかけてきた。

遣い魔に手首を掴まれてたまま、煌は、返事を躊躇った。

開ける訳にはいかない、どうやり過ごすか…考える間もなく、遣い魔が鋭く舌を鳴らす、と同時に扉が開いた。

思わず上がりそうになる声を呑み込み、扉を押し戻そうと、遣い魔の手を振り切る。

しかし、一瞬早く、王子朗が部屋に入った。

煌の狼狽を余所に、遣い魔が、狂ったように笑い出した。

王子朗は、真っ直ぐに煌を見つめながら歩み寄り、所在無げな兄の手を、きゅっと両手で握った。

そこに至り、煌はやっと、弟には遣い魔の姿は見えておらず、声も届いていないのだと悟った。

『なんなら、見せてもいいんだ、俺の姿を…』

遣い魔が、馴れ馴れしく、煌の肩に肘を乗せて、耳許で囁く。

弟には聞こえていないと分かっていても、動悸が速まる。

『ぁあ、契約を無かった事にしても、いいんだ。元々は、弟君を連れていく手筈だったんだから。…弟君も、可愛らしく成長したようだしな…』

煌も、遣い魔の声を遮蔽、渾身の思力で、魔の存在自体を意識外に追いやる。

王子朗は兄の沈黙を不機嫌と誤解して、手を離し、上擦った声で弁明した。

『兄様は、明日早くに発ってしまわれるでしょ、もぅしばらくはお会い出来ないから…今、どうしても…』

そこまで一気に話して息を継ぐ。

『僕が、兄様と同じ学校に行きたいのは、甘える為ではないの、兄様の助けになりたいから…兄様は、お一人で何でもお出来になるけれど、それでも、何でもお一人でなさろうと思わないで…僕がいます、僕にも頼って下さってよいのです』

煌の瞳が見開かれる、予想もしていなかった弟の思いに、返す言葉が見つからなかった。

『兄様は、何かに堪えていらっしゃる…ずっとずっと、そうでした。今の不甲斐ない僕では、御志を打ち明けては下さらないの、わかっています。だから、僕は強くなりたい、少しでも、兄様の支えになれるように…その為に、僕は…』

いつから、この小さな弟は、見抜いていたのか、自分が一番見透していると思っていたのは、愚かな錯覚だった。

弟への愛しさと、今夜を限りに二度と会えなくなる自分への憐憫で、胸が熱くなる。

表情を見せない為に、そして、初めて激情に身を任せ、王子朗を抱き寄せた。

『ありがとう』

母の溺愛に慣れている王子朗は、煌の抱擁を不審なく受け入れて、自らも腕を廻す。

遣い魔が、また、狂った楽器のような笑い声をたて始めた

『麗しい兄弟愛じゃないか!オキレイ過ぎて涙も出ないぜ!』

その不協和音に、煌は冷静さを取り戻し、身体を引くと、少し屈んで目線を王子朗に合わせて微笑んだ。

『だけど、お前は、先ずは自分の事を一番に考えなくては。言ったろう、友人を作り、世界を広げること…』

『…肖綺…という生徒…と…?』


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