V



午後の授業も夕食にも、石瑛の姿は無かった。

具合が悪くてと告げる僕の説明を、疑う教師はいない。

実際倒れているかもしれないと不安が掠めたので、部屋へ向かう足取りが少し速まる。

書庫だった石瑛の部屋から、灯りが漏れていた。

背を向け、切り裂かれた蔵書の頁を丹念に合わせる作業に没頭している。

僕の気配にも、故意に振り返らないその無反応からは、激しい憤りが立ち昇っていた。

当然だろう、それだけの事を僕はした。

釈明するのは億劫に思えた。

踏みつけた左手は、手加減したつもりだったのに、赤く腫れ上がっていた。

靴先で抉った下腹部にも、青痣が浮き出ているだろう。

僕の成した暴力の痕跡を確かめたい、その一つ一つに口づけたい衝動に駆られた。

「助けてやったのに、その態度は何?」

本音が口の端から転がり出た。

怒りと絶望が綯い交ぜになり、薄青に色を変えた瞳が、僕を振り返った。
 
「僕が本を返しに行かなかったら、君は輪姦されてたんだ。」と僕は続ける。

卑猥な言葉を無視し、石瑛は、「本」にだけ反応した。

「あれは、僕の父の蔵書だ。」

「そう? そうだった?」

空惚ける口調は、石瑛を激昂させる。

そんな石瑛を見るのは新鮮で、野火が燻りながら身体の芯を滾らせる。

「それに、僕は不義の子じゃない。」

不義の子と言う事で、公爵の血が、級友達への牽制になる事を察せない、石瑛の愚鈍に腹が立つ。

釈明する気は失せた。

「知ってるよ。だが、お前の母は、終生、僕の父の愛人だった、それは真実だろう。」

石瑛は黙り込む。

野火は、図書館で、とうに理性を焼き尽くしていた。

近寄り、頁を取り上げ、顎で寝台に上がれと命ずる。

「穢れるんじゃなかったのか。」

掠れる声で抵抗する。

「お前は愛人の子だ。」

靴先に口づけた事で、石瑛の自尊心は既に壊れている。

緩慢な動作で石瑛は服従した。

痛みでの反射的な拒絶も、逆手を捻り上げ、百合の蕾を握り潰す事で鎮まった。



石瑛は僕に堕ちた。



背徳の瞑い沼は、堕ちてみれば、自慰と変わらぬ日常だった。

嗜虐趣味は、石瑛が従順に身体を開きさえすれば、霧散し、むしろ、彼を感応させる事に喜びを覚えた。

百合の蕾を含まれて、あまりの快感に萎える幼い様は、可愛く思えた。

狭い寝台で密着する僕等の間に横たわる、絶対的な石瑛の拒絶を、快楽に溶かしてやりたかった。

これは、形を変えた嗜虐かもしれない。

総てを支配出来ないもどかしさが、自慰以上の興奮を齎らした。



霙混じりの雨の日、退屈な聖書の授業を、石瑛の体調のせいにして抜け、書庫で、立たせたままその身体を摘み喰っている最中、扉を叩く下働きの声が、父の突然の面会を伝えてきた。

行為半ばで蕾を放すのは不興だったが、止むを得ない。

身繕いし、石瑛をそのままに、応接室に向かった。


石瑛はと、開口一番、父が案じた。

「聞いていませんか、体調が悪く伏せっているのです。彼は湿気に弱いようですね。」

すらすらと嘘が口を突いた。

父は、頷き、「あれの母もそうだった、体質が伝わったのだろうか。」と独り言ちた。

そして、石瑛は皆と上手く付き合えているかと問う。石瑛の事ばかりだ。

「大丈夫です、僕が護っていますから。」

それは真実だった。

しかし、父は、午後の茶を運んできた下働きが退出する迄、疑うように黙ったまま僕を凝視していた。

「何故そんな彼を案ずるのです? 嫡子である僕以上に?」

無邪気を装って軽く揶揄すると、父は、どこか覚悟を決めたように息を吐き、沈黙を解いた。

「石瑛に対し、私には、一生かかっても償いきれない負債があるのだよ。」

窓の外の重苦しい空を映して、父の告白もまた、陰欝だった。


 

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