V
二人掛かりで腕を捕れ、蔵書を取り上げられた。
服従しなければ、窓から沼に蔵書を投げ捨てると脅し、水晶のネームタグがある制服を引き剥がした、手慣れたゲームのように。
「お前を知っているぞ。教会を慰問した時、居ただろう、貧民窟の娼婦の子だ。」
抵抗して水晶の服を破られる事は回避しなくては、だが、母の名誉を汚す発言には我慢ならない。
抗議の声を上げると、蔵書は無残にペーパーナイフで刻まれた。
半身を机に這わされ、髪を掴んで頭を押さえ込まれる。
何をされるかは解っていた、抵抗が無駄だと言うことも。
しかし反射的に身体が暴れた。
脅迫の刄先が頬に当てられた時、凛と澄んだ水晶の声が、荒んだ図書館の空気に響いた。
愚かにも、僕は、水晶が助けに来てくれたのかと歓喜し、そして、続く言葉に打ちのめされた。
「彼は不義の子だ、触れれば君等まで穢れる。」
水晶は知っていたのだ、自分の父と僕の母との関係を。
机から転がり落ちたまま足掻く僕に向けられた、水晶の冷酷な眼差し。
今までのあの微笑みは偽だったのか、幼少と変わらぬ友愛は見せ掛けだったのか、では、何故詐ったのか。
捕まえた蝶を弄ぶように、水晶は、僕の手を踏みしだき、靴先を、剥き出された下腹部に叩き込んだ。
そして、微笑みながら、更なる屈辱を強いた。
命ぜられるままに靴先に口づけ、僕は、彼の憎悪を理解した。
友愛は幻想だった、僕がそうと願った故の、浅はかな思い込みに過ぎなかったのだと。
夜半、水晶が僕を求めてきた時、理解は確信へと変わった。
寝台に身体を開かれて縫い留められ、自分が展翅された蝶のように感じられた。
最初から、弄ぶ生ける標本にする為に、彼は僕を書庫に囲ったのだ。
寝台の傍で焚かれる香炉の眩暈する甘さが、幼い記憶を呼び覚ました。
天蓋付きの寝台で、白い乳房を怪物に喰われていた、
「見ないで、あっちへ行って。」と、短く喘ぎながら懇願した母の姿。
屋敷を去ってからも、怪物は気紛れに追ってきた。
陋屋の外で、耳を塞いでやり過ごした狂おしい時間、今、その身が入れ替わろうとは何の罰なのか。
父の刻まれた蔵書をどう修復しようかと考えを飛ばす事で、必死でやり過ごそうとしたが、それに気づいた水晶が、顎に手をかけ口づけで咎めた。
「何を考えている? 僕を見ろ。」
怜悧な口調と裏腹に、髪を撫でる手は優しかった。
「恐れるな、気持ち良くしてやるから。」
宣言して、背徳の楔は、半身を裂いて嵌められた。
苦痛に揺さ振られながらも、僕の身体は、生理的に官能し共に果てた。
行為の後、落ちていった睡魔の闇は、思いの外、安らかだった。
背徳の異常な行為も、日々続けば日常に成り果てる。
公爵がそうだったように、水晶の求めも気儘だった。
授業を怠けて、昼間、僕を摘み喰う事もあれば、夜半から明け方近くまで貪る事もあった。
従順であれば、水晶は、自分が満たされると同じに、僕にも充分な快楽を与えてくれた。
事がすめば、身体を奥まで清め、服をきちんと整えてくれるのも、常だった。
行為よりもその後始末される時の方が、辱めに感じられた、心なく官能する人形として扱われているようで。
しかし、それもいつしか馴らされた。
慰めは、蔵書の修復に没頭する一人の時間だった。
切り裂かれた頁の修復の仕方を、司書に尋ねると、公爵に東洋の紙の購入を願い出てあげようと言われ、それならと、初めて公爵に手紙を書いた。
ペンを走らせていると、いつだったか、公爵を受け入れる母を責めた事があったのが思い出された。
僕の為だと、生活の為だと、明快に言葉にして欲しかったのに、
「触れられると、赦してしまうの。」と、阿片の幻惑が残っていたのか、母は娼婦の目をして、唄うように答えた。
遣りきれない嫌悪と絶望、蔑み…母に抱いた感情を、今、悔やむ。
母を今なら理解出来た。
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